須藤豊さん講演会日吉地区

10月5日 しばらく前ですが、
日吉地区センターにて。
無料にて 講演会を拝聴させて頂く。
日吉在住との事での恩返し講演だったとの事。
凄く 楽しかった。
小3のソフト 初参加だった為、終わる直前で退席と大変失礼してしまった事が申し訳けなかったです。
是非 また お聞きしたいです。
プロフィールの後、箇条書き。
プロフィール
昭和12年生まれ
高知県安芸市出身
高知商業卒業
毎日オリオンズ 読売巨人軍の選手を経て。
読売巨人軍コーチへ。
39歳〜42歳まで 鉄工メーカー勤務。
大洋二軍監督
日本テレビ 夕刊フジ解説者
読売巨人軍 コーチ 2軍監督などを経て。
大洋の監督を35年
後 評論家
西武ライオンズのヘッドコーチ
17年の読売巨人軍のヘッドコーチを最後に。
現在は、
ズームインサタデー
ラジオ日本解説者
夕刊フジ執筆でご活躍中
講演内容箇条書き
ハーバード心理テストで 講演をスタート
日吉への恩返しと、近所の方々にスイカを貰い 講演会 断れなくなった(冗談)
1986年 昭和60年に恵比寿から 日吉に引越し。
大変縁起が良い。
巨人2軍で4年連続優勝
長島巨人 日本一
西武で 2回優勝
分岐点
小2で終戦 小4でコーチをしている兄の影響で、野球好きに。
土佐の麒麟児
土佐高校から 誘い。(高知では、東大入るより価値がある)
但し 中学の時 3回連続 土佐に負けた為、高知商業に。
土佐 慶應ラインだった為、土佐に入っていたら 日吉との出会いがもっと早かったかも。
高知商業 2回 甲子園
絶対権力の監督に 大学への進学をお願いするも
毎日オリオンズに入れと言われ 従う。
今 考えれば 監督 沢山 貰ってたのかなあ(笑)
昭和31年は、戦前と戦後入れ替えの時期で、
高卒 レギュラーに。
別当監督に、キャンブ中 試験があると、嘘ついて帰る。
飲み会の連続 ジュース(笑)で 最後の飲み会の日に
お母さんが、電車で 2時間ぐらいかけて須藤さんの元へ。
電報とトランクを持って。オグラ ダイキチリョカンニコイ
関西汽船に乗り継いで行くと、マネージャーが何で 来たんだと。
遅れて 見れなかった2本目の電報には、
トウキョウガシュクジョカエレへと。
玄関口に、別当監督が来て折角 来たのだから残れと。
翌日 オープン戦 ドラフト1位のセカンドが故障。
別当監督から、「セカンドやった事あるか」と聞かれ、
「あります」と嘘をつき ヒット 1本。
広島のオープン戦では、1歳上の学校の先輩バッテリーで、
いろいろ教えてくれ 2安打。
卒業式に出ようと帰省を考えていると
別当監督が 阪神戦スタメンとつぶやき 残ると即答。
その年 打撃成績 11位に。
銀行員が、月収 4000円 4万円
この当時の若いプロ野球選手のパターンは、怪我をして、ネオン街へ そして潰れる。
田宮監督のスーしかいないのかに、ウエイティングサークルで切れて大暴れ 2軍落ち。
そして、トレードで巨人へ。
川上巨人は、当時 哲のカーテン
巨人は、30分前集合 オリオンズは、無頓着。
雨天中止、新地で3時まで飲み。川上監督 2時間説教 罰金 20万 給料の半分
3の3で、変えられ ふてくされて、食堂に直行 ベンチにグローブを忘れ、戻る。
後日 川上監督から、そのまま 戻って来なかったら クビだったと言われる。
コーチ業の最初のうちは、相手のレベルに合わせて 教える事が、出来ず 上手く行かなかった。
ゲームで 失敗する選手が巧くなる。佐々木や谷繁。
谷繁は、フォーク 取れない。
佐々木は、独りで偉くなったと 思っている。
クルーンは、頭 弱い。
後藤も 良く失敗した。
ミスターに、早く使いたいと言われ、松井は 内野がヘタだったんで ライトに。
川相は、ピッチャーから 内野に。
予習復習 整理整頓出来る選手が 伸びる。
ロッカーを見たら 判る。日吉在住の高橋直樹は、ロッカー凄く綺麗だった。
落合は、グランドに来るのが、一番早い。
身体の手入れ グラブの手入れ バットの手入れ スパイクの手入れ 全て凄い。
帰るのも一番 後。
反復練習は、小笠原。
斎藤雅樹は、根気がある。
元木は、隠し玉 世界一。継続力はまるでなし。
継続は疲れるの名言も残す。
桑田は、ゲームを想定してピッチング練習出来る。今は、勘違い。
夢は、何だ。自信を持つ事。観察力。
練習をやらされているものは、駄目。
競争意識 ライバル持つのは、大事。
素直が大事。頑固はいいが 偏屈は駄目。
良い事も 悪い事も 両方 聞けるように、耳が2つある。
巨人時代 名古屋では 王。大阪では、ミスター。広島では、牧野コーチと相部屋。
王は、技術で見せる 長嶋は、魅せる
試合後の素振り 王は 決めた数 ミスターは、フィリーング。
両者とも アドバイスを求めるも、全く 聞かない。
王が、真面目すぎるとアドバイスすると、銀座のクラブで いきなり 上半身裸に。
まだまだ 楽しいお話 続きそうでしたが・・・
ここで 会場を後にしました。
そして、小3の野球人生がスタートしました。
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