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2011年3月の5件の投稿

2011年3月11日 (金)

長距離が 一番早かったのはいつ?

早いといっても、陸上部でもなく
本格的に、ランニングを習った事もないんで、全然たいした事はないんだけど。

多分 自分的には、中3ぐらいなんじゃないかなあと思う。

近頃 走っている時に、ふと考える。

あの頃のスピードでフルマラソン走ったら、どれくらいのタイムなのだろうかと。
多分 バランスのいい走りなんかは、絶対出来ず、
最初に飛ばし過ぎて、後半に 脚のトラブルで リタイアって感じなんだろう。

そんな事を考えていると、中2の時 竹山くんという友達と 走った事を思い出した。

土曜日の天気の良い午後。
但し 南アルプスさら吹き降ろす
肌に突き刺す遠州のからっ風が吹いていた。

僕の自宅で遊んでいたんだけど、何故だか忘れたんだけど、
中田島砂丘(日本3大砂丘)まで、競争しようという事になった。
先の海の水を触ったほうが勝ちねというレースは、唐突に始まった。
たぶん、5kmぐらい。

竹山くんは、長距離が速い テニス部の友達だった。

海岸ぺりに着くまでの、住宅街やタマネギ畑を走る4kmぐらいまでは、竹山くんの背中を追いかけながら、何とか走っていた。
今考えると、あんまり 距離離すとはぐれちゃうし、可哀想だなというのが
あり、ペースを押さえてくれていたのだろう。

中田島砂丘の入り口の防風林を過ぎると一気にスパートかけられ、
砂浜分の200mぐらい差をつけられ
あっさり結着がついた。

2人で、俺達なんで こんな事してるんだろうと、
太平洋を見ながら語った。
比較的太平洋にしては、穏やかな波だったような。

そして、帰りは歩いて帰る事に。
当事の中坊はお金なんてものは 持ち歩いていない。

その当時は、運動の時に 飲み物を口にするのは、タブーだったんだけど、
流石に、真剣勝負のあとは 喉が乾いた。
どっかの学校のグランドで、水道水を飲もうと画策したが 見当たらない。
少し大き目なお屋敷の庭に ハッサクがなっていた。
背に腹はかえられなんで、僕たちは、失敬する事にした。
そして、そのハッサクは いつにもまして酸っぱかった。

「この事は、一生覚えてるだろうな」

と竹山くんが言った。

「そうだね。」

と、僕。

そして、竹山くんは ともかく 43になった今、走っている時に僕は 時折思い出す。

竹山くんとは、めちゃくちゃ仲の良いという友達でもなかったので、
中学卒業して以来 一度も会っていない。

但し、僕は 竹山くんを2度ほど目撃している。

高校駅伝で、都路の1区を走る姿と。

箱根駅伝で、アンカーとして、放送終了ギリギリに、
倒れるこむようにゴールする姿を。

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2011年3月10日 (木)

東京大空襲から66年

このニュースを見るたびに、
被害者のご冥福を祈るとともに、
空襲の恐怖を感じる。

というのも、空襲を語り継がれた
最後の方の世代ってのもあるんだろう。

地元 浜松の空襲では、今は閉鎖され、都会のミステリースポットと化している松菱百貨店以外は、焼け野原だったという写真を何度もみた。
小さい頃から、その古ぼけた大理石な
感じの階段に行くと、
その写真を思い出し、空襲が起こったら、そこに逃げ込もうなどと考えたりしていた。

うちの両親は、空襲の時は 3・4歳で
その話も時折聞いた。

母は、神戸の街中で暮らし 空襲警報が発令されると、
おばあちゃんが、家の電球に黒い布を被せひっそりとしていた事を
鮮明に覚えていると言っていた。

オヤジは、浜名湖の太平洋の面する新居弁天に暮らし、
空襲というより、太平洋からの艦砲射撃の時、
逆に、海岸にある防空壕に逃げ込み、
その上を通る砲撃がおさまるまで
息を潜めていたそうだ。
小さい頃 その防空壕に連れていかれ
その話を聞いた。

そんなこんなで、中学ぐらいまでは、
頭の中で 空襲シミレーションなどをしていた。

但し、アメリカ憎しみたいな感情は全くなかった。

B29の映像を見ても、ほとんどアメリカ兵は、写っているものはなく、
アメリカというよりB29 憎しみたいになっていたからだと思う。
情報統制って怖いなあと、思う事象でもある。

東京大空襲を中心とした、一般市民を対象とした空爆は、
もし今の時代起こっていたら、それはそれは、リビアなニュースと同じ
もしくは、それ以上の事なんじゃなきかなあと思う。
そして、原爆に続くとなると、想像を絶する。

時代の流れとともに、真実を当事者から 聞ける機会は、減少してくのは、
やむ終えないんだけど、
この時の、空爆したアメリカ兵は、どんな気持ちで空襲し、
その後 その事について、どんな感情でその事を捉えていたのかが、大変興味がある。
色んな意見があるんだろうけど。

一般市民への攻撃に対する一考になるだろうなと。
少し調べて見よう。

本日 東京大空襲で亡くなられた方、
かの大戦で命を落とされた方のご冥福をお祈り致します。

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2011年3月 9日 (水)

水谷千佳対風神ライカ 4・4@後楽園ホール

水谷千佳対風神ライカ  4・4@後楽園ホール
女子ボクシングの最強を決める闘いが、ついに決定した。

諸事情があり、一方的に熱烈応援をします。

ファンから少し距離を置き、個人的に感情移入して試合を見た事が、格闘技では経験がない為、
当日は、どんな感じになるんだろう。

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集団から、個へ。

近頃 思うこと。

大きな企業に勤めている人に、元気のない人が多い。

90年後半ぐらいが、元気な人が多かったピークなのかもしれない。

大企業の色んな人に、聞いてみると 大きく2点

・携わる仕事の業績が悪い

・それに ともない 明るい未来が見えてこない

サブ的な意見としては、
接待交際 出張などで、自由になるお金の幅が少なくなったとの刹那的な意見も。
※メーカーの営業の方に多い

日本は、集団で物事を達成するというのが、わりかし得意で
戦後の経済発展のひとつのポイントだったような気がする。
ある意味護送船団方式も含み。

また、情報が、特定に限定されたり、うまくコントロールされたり。

そこに、出てきたソーシャルメディアという潮流は、
個からの発信 情報の透明化を加速させる。

そんな中、一部の業界を除き、大企業から、小企業の隆盛に徐々にシフトしていくのではと思ったりする。

一方 元気の無さげな大企業が、どう変わっていくのかも。
しばらくは、市場伸長のBOPなどの、
海外戦略って事なのだろうけど。

個が、しっかりしなければ駄目な当たり前感のある時代になっていくんだろう。

そうは言っても、空元気じゃない元気な人は、いつの時代もいるもので、
そのポジティブシンキングに近づくのも手かもしれない。

ここのままでは、厳しいと思ってる人の数が、
僕の知ってる限りは、今までで1番多い気がする。
そして、そんな人達は、暗中模索な中
もがいている。
多分 優秀な方も多いので、僕なんかが
予想出来ない形で ブレークスルーするんだろうな。

個の持ってるポテンシャルとモチベーションとパーソナルを最大限に引き出す組織が大小か関わらず、勝ち残っていくのかなあと。

俯き気味の人が多い満員電車でとりとめもなく。

追記
相撲の八百長的な本などを昔から良く読んでいたんだけど、
近頃は、知らなかった情報がちょっとずつ明らかになっている。
やはり情報統制って怖いなあと、リビアと大相撲 報道をみて思う。
きっと知っていた人にとっては、当たり前の事なんだろうから。
パンダの件も、菅直人引き下ろしの情報の小出し 出すタイミングの件も。

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2011年3月 8日 (火)

新年目標の進捗などなど

今年に入ってから、思いついたら
即 色んな事を改善しています。ゼロベースで。

かといって、こんな僕でも若干の良い目の特徴もある筈なんで、
そこのベースは、崩さないように。

シューカツの応援に行って思ったんだけど、
今更ながら、自己分析が必要かなあと。
遅らばせながら、得意を伸ばし、基本 弱点を減らしてかないとなあと。

弱点といえば、間違いなく 早起きとコツコツ継続で、
この2つに関しては、何度も挫折してきた。

そんな事もあり、今年度の2つの目標の進捗。

〓英単語 8000語覚える

スキマ時間を使い iPhoneで毎日30分から、1時間の間でやってます。

3000語過ぎたあたりから、苦戦し始めた、
ちょうど、このあたりのランクが、高3
大学受験レベルらしく、
学生時代 勉強してなかったツケがモロに回ってきている。
少し 休みの日など 勉強時間を確保しないと、目標達成が難しそうだ。
改善しなければ。

あと、本屋に行くと 簡単に英国が覚えられる系の本に目移りしそうになる。
今までは、目移りして中途半端失敗パターンが多かったので、浮気しないように頑張ろうかと。
単語覚えるのが、英語学習にとっていいのか、悪いのか別として。

ブログ見て頂いてる方からの、英単語どうですか?は、
僕にとって圧力?!刺激になるので、
皆様是非お願い致します。

〓マラソンでサブフォー(4時間以内)

一昨日 知り合いの方のTwitterのつぶやきを受け、
村上春樹さんの走る関係のエッセイ文庫を読みました。

単純なんで、共感する部分が多く
春で暖かくなってきたので、
頻度あげて 走ります。

今朝も布団の中で格闘してたのですが、
嬉しいメールが来ていたので、何とか布団から抜け出す事が出来ました。

大阪マラソンあたりが、当選し目標が出来れば良いのですが。

インチキ市民ランナーレベルでも、しばらく走っていないと、
脚が元のダラけた状況である事が分かる。

走る前は、相変わらずめちゃくちゃ気が思いんだけど、
走り終わったら、爽快でまた走りたいと思う。
市民ランナーとして、少しは進歩したのかもしれない。

2つの目標は、何を今更 そんな事をという感じかもしれないが、
僕個人的に、人生の折り返しを過ぎた
段階において、非常に重要である。

追記
流通について、1月以来 少しご無沙汰なんで、
ネタも溜まってきたという事で、
別の機会を設けて発表していこうと思います。
興味ある方は、4月ぐらいに聞いて下さい。

満員の山手線にて。

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